デス・オーバチュア
第306話「古の強者達」




その方角には何もない。
木も岩も、草や石ころ一つさえ残らず消え果て、見えるのは彼方の地平と海だけだった。
「……今度こそ終わったか……」
回避も防御も意味がない。
神だろうが魔王だろうが、今の一撃は避けられず、耐えられず、影も形も残さず消滅するのみだ。
「ふう……」
ガイは力を抜くように息を吐くと、静寂の夜を真横に放る。
「ナイスな閃きだったね、ガイ~」
放り出された静寂の夜は、人型(アルテミス)へと姿を変えてふわりと着地した。
「最近使ってなかったから、静寂の夜(わたし)でさえ忘れてたのに……よくあのタイミングで思い出したよね……」
「ああ、絶望から生まれた発想の転換ってやつか……?」
相殺……対抗できる技が無いと絶望した時、不意に閃いた、思い出したのだ……反重奏(カウンター)の存在を……。
「……いつのまにか七重奏……当時考えていた最大レベルが使えるようになっていたとはな……」
「びっくりだよね~」
当時(殲風裂破修得以前)は、五重奏でかなり無茶、六重奏は自爆覚悟、七重奏は理論上は可能だが現実には不可能に等しい……という認識だった。
「殲風裂破のお陰で両腕が異常に鍛えられた上に……二刀の問題の時に幻灯水月を編み出したのが大きかったな……」
「でも、今のガイなら幻灯水月使わないで腕力だけでも七重奏できそうだよね?」
「ふん、その辺はこれから煮詰めていくさ……いろいろと応用も利きそうだしな……」
ガイは視線を「白煌が蹂躙し尽くした方角」から、師の居るはずの方角へと移す。
「ああ……?」
「どうしたの、ガイ?」
てっきり杯でも傾けていると思ったディーンの姿が、庵の中にはなかった。





海辺。
すなわち極東の端っこ。
「……がはぁっ!」
静かな海の中から、白髪の少年が飛び出すように現れた。
七倍返しされた白煌の中で消滅したはずのサーフェイスである。
「危なかった……咄嗟に強化から『吸収』に切り替えなかったら……私の方が影も形も残さず消え去るところだった……」
黒いバイザーと白ランの上着こそ跡形もなく失っているが、サーフェイスの肉体に重度の損傷は見られなかった。
「自分の闘気で良かったな、他人の闘気だったら流石に『変換』は間に合わなかっただろう?」
「う゛っ!」
突然の見知らぬ声に、サーフェイスは顔を隠すように左手で覆う。
「誰だっ!?」
「はっ、安心しな。別に俺はてめえの『左目』になんか興味はねえよ」
「殲風の紺青鬼(こんじょうき)か……」
砂浜に立っていたのは、庵の中で酒を呷っていたはずの斬鉄剣のディーンだった。
「何の用だ? いまさら私と殺り合うなどと言うなよ……?」
「ふん、どこまでも不遜な餓鬼だ」
ディーンは愉しげに嗤う。
この餓鬼は、かったるい、面倒くさいから、今は自分と殺り合いたくないだけで……怖いとか、勝てないから殺り合いたくないわけではないのだ。
ここまで生意気だと、苛つきよりも寧ろ好感を抱ける。
「身の程知らずもここまで来ると可愛いもんだ」
「ふぅん、自惚れているわけではない。ただ最初に言ったはずだ……私は何者にも下手に出るわけにはいかぬ身の上だとなっ!」
指の隙間から覗くサーフェイスの左目が青く光る。
「どんなに相手が格上でもへりくだらない、どんなに相手が強くても負けを認めないか……呆れた尊大さだ……」
「それがグランドマスター(全てを手に入れる者)にして破皇(全てを破壊する者)たる私の矜持だっ!」
サーフェイスはその矜持を貫くためなら、この場で勝てない相手(ディーン)と戦うことも厭わなかった。
「……本当に呆れ果てた餓鬼だ……好きにしな……」
「ああ、そうさてもらおう……」
サーフェイスは海から上がり、堂々とした足取りでディーンの横を通り過ぎる。
「……おい、餓鬼。一つだけで答えていけ」
ディーンはサーフェイスとは逆方向を向いたまま声をかけた。
「何だ……?」
「お前の本来の流儀は俺と同じ二刀流だろう?」
「…………」
肯定するかのように、一瞬だけサーフェイスの歩みが止まる。
「なぜ、一刀しか使わなかった?」
「……ふぅん、たまたま一振りしか剣の持ち合わせがなかっただけだ……」
「はっ、何がたまたまだ、嘘つきめ……」
「…………」
サーフェイスはそれ以上は何も答えず、無言で立ち去っていった。






東方大陸のとある辺境。
途轍もない大瀑布(大滝)の前に一人の上半身裸の男が立っていた。
身に纏っているのは白いズボンだけ、水に濡れた長く艶やかな黒髪が、逞しく鍛え上げられた背中に貼り付いている。
「やっと見つけた」
男の遙か頭上、崖の上(滝の発生点)に「白衣を羽織った赤い制服の少女」が突然出現した。
青い長髪に青眼、黒のニーソックスを履いた少女……メディカルマスター(医術を極めし者)『メディア』である。
「……何か用か……メディカルマスター……?」
決して大声ではない、静かで落ち着き払った男の声が、滝の音を無視してメディアの耳へと届いた。
「マジックマスターから呼び出しよ、至急本部に来られたしってね……あと、コレ」
メディアはポケットから手紙のようなものを取り出したかと思うと、手品のように掻き消してみせる。
「いつから使いっ走りを始めた? まあ確かに、君以上に向いている者もそうはいないだろうが……」
男は頭上に手紙が出現するなり、そちらを見もせずに右手で素早く掴み取った。
「せめてメッセンジャーって呼んでほしいわね」
「…………」
メディアの文句など無視して、男は手紙に目を通す。
「なるほど……」
男は読み終わるなり手紙をクシャリと握り潰した。
「知り合いなの、青の守護騎士(ヴァル・シオン)と?」
手紙の差出人はエラン・フェル・オーベルに仕える双璧の召使い(サーヴァント)その1。
エランにクロス達への伝言を頼まれた際に、ついでに彼から預かった手紙だった。
「ああ、旧い友人だ……仲はあまり良くないがな……」
「ふううん?」
「……死んで千年経った今も捕らわれ彷徨っているとは……救いようのない馬鹿な男だ……」
「千年……」
そうだ、ピチピチな現役女子高生のわたしと違って、この男とマジックマスターだけは千年前(マスターズ結成時)から生き続けている化け物なのである。
「……さてと……そこは危ないぞ、メディカルマスター」
「えっ? ちょっとぉぉぉっ!?」
「覇(は)ああぁっ!」
男が軽く右拳を突き上げる(アッパーを放つ)と、大瀑布が逆流し天へと噴き上がった。
「危ないじゃないのおおっ!」
大瀑布に呑み込まれたように見えたメディアが、男の背後に現れる。
「だから事前に危ないと言ったはずだが?」
「あんな直前に言われて逃げられるのは、『瞬間移動』ができるわたしぐらいよっ!」
「何を怒っている? つまり問題はないのだろう?」
「ううう……」
駄目だ、話が通じない……この男は自分がなぜ怒っているのか、永遠に解ってくれそうになかった。
「では、行くとするか」
男は足下に脱ぎ捨ててあった白い上着を拾う。
「ああ、本部へ?」
「いや、西方ではなく北方へ運んでもらおう」
上着……白い東方風道着(チャイナ服)を着込みながら、男は予想外なことを言った。
「ちょっと、なんで北方大陸なのよ!?」
「本部に寄るのは面倒だからだ。どうせあいつの用もヴァル・シオンと変わるまい?」
「……面倒って……何を勝手に決めつけて……」
「ああ、やはりいい。運動も兼ねて『歩いて』いくことにする」
男はまたも勝手にそう決めると、メディアをその場に置き去りにして歩き出す。
「ちょっとちょっと、待ちなさいよ、バトルマスター(闘争を極めし者)! あなたを本部へ連れて行かないと、わたしがマジックマスターにお仕置きされるんだからああぁっ!」
メディアは泣き言を言いながら、マスターズ史上最強の男の後を追いかけていった。





中央大陸の中央……の上空に存在する浮遊都市、クリア国。
ネツァク・ハニエルは『役目』を終え、クリア国から立ち去ろうとしていた。
彼女の役目、それはガルディア皇国女皇からの勅使である。
勅使などといっても、要はメッセンジャー……生きた招待状のようなものだった。
「……どこまで付いてくるつもりだ?」
山道を黙々と歩き続けていたネツァクは足を止め、背後の追跡者(ストーカー)に話しかける。
「どこまでも……いや、どこへなりとも?」
透き通るように淡い青の長髪と瞳の青年は、そう言ってフッと微笑った。
クリア国……いや、エランに仕える青の守護騎士ヴァル・シオンである。
「ふざけているのか……っ?」
ネツァクは不愉快げに顔を歪めると、腰の剣の柄に右手を添えた。
「大真面目だ。というより、ここ千年程ふざけたことなど一度もない」
「…………」
「ああ、振り向き様に斬り捨てるのは諦めた方がいい」
「くっ……!」
悔しそうな表情で、ネツァクは剣の柄から右手を離す。
行動を読まれていることが悔しいのではない、自分が絶対にこの「堂々とした追跡者」に敵わないことが悔しいのだ。
試すまでもなく、解ってしまう、悟ってしまう。
天地がひっくり返ろうとも、自分は絶対にこの男に勝てない……勝てるわけがない……。
こんなことは初めてだった。
挑むことすらできないなんて……。
魔人アクセルや神人イリーナなど……自分より強いと戦う前から感じた者は他にもいた。
だが、この男は彼等彼女等とは根本からして違う……。
強者に挑む高揚感や緊張感といったものがまったく湧いてこないのだ。
「……何なんだ、貴様は……?」
ネツァクは踵を返し、男を正面から見据えて問う。
「ヴァル・シオン……そのコートの付属物だとでも思ってくれていい……」
男は真摯な眼差しをネツァクに向けながら、そう答えた。
「……やっぱり、これのせいか……?」
この白いロングコートは、クリア国に来た時最初に出遭った金髪の少女に押しつけられた物である。
自分が羽織ると、どういう仕組みか縁が紫に変色したりする……不思議な白衣だ。
「それは約千年前、『魔王を倒した勇者』が身に纏っていた由緒正しい聖遺物……大切にすることだ」
「確かに、あの少女もそんなようなことを言っていた気がするが……」
どちらかというと、あの少女の説明はもっと実用的な部分を『売り』にしていた気がする。
耐火だとか耐水だとか、防御力がどんな鎧よりも凄いだとか……どこまで本当か解らないことをいくつも述べていた。
「……で、そんな骨董品(アンティーク)になぜ、貴様が『オマケ』で付いてくる……?」
それも捨てることのできない、強制的なオマケとしてである。
「ああ、それは……」
「それは?」
「私が勇者(彼女)の『物』だからだ」
ヴァル・シオンは一点の迷いもなく、堂々と誇らしげに言い切った。





クリアの森……いや、かって森だった場所というべきか。
蔽い茂っていた樹木はセブンの青き劫火によって焼き払われ、今では草一つ生えぬ荒れ地と化していた。
「…………」
修道女(シスター)姿の幼い少女が一人、荒れ地をトテトテと歩いている。
少女の衣装はスリットが入っていたり、露出が多かったり、手枷や足枷や鎖が付いていたりとかなり特種というか邪道な修道服だった。
「…………」
邪道な修道女……ランチェスタは不意に歩みを止めると、何もない虚空(上空)に視線を向ける。
『漸く見つけましたよ、エクレール』
美しい女の声と共に、虚空に『放電する闇の球体』が出現した。
闇の球体が弾け飛ぶと、フリルやドレープが多用された黒一色の洋服、一般的にゴスロリと呼ばれる格好の少女が姿を見せる。
「まったく貴方は昔から落ち着きがないのだから……散々探し回ってみれば……結局最初の場所に居るなんて……」
闇の姫君……D(フィンスタアニス)の右手には、電光を迸らせた黄金の槍のような長物が握られていた。
「…………」
ランチェスタは何の感情も浮かんでいないような無垢な瞳でDをじっと見つめてくる。
「……まあいいでしょう……」
Dの左掌から、小さな薄闇の球体が浮かび上がった。
透き通るような薄闇の中には、白銀の十字架が内包されている。
「落とし物です、受け取りなさい」
薄闇の球体は山なりの軌道でゆっくりとランチェスタへ近づいていった。
「妄執のロザリオ(それ)は修復の必要もなかったけど……嘆きの十字架の方は残念ながら、スターメイカー(星界一の職人)でも直せないそうですわ」
「…………」
ランチェスタが右手で妄執のロザリオをバシッと受け取ると、薄闇の膜(コーティング)は消滅する。
「怨讐のロザリオ(こちら)は直せたというのに……」
Dの左手にはいつの間にか『白銀の十字架が封じ込められた黒い水晶』が握られていた。
怨讐のロザリオ……嘆きの十字架と同じくアンブレラの手によって完膚無きまでに破壊されたはずの武器である。
「形態変化(フォームチェンジ)……斬突魔槍(パルチザン)」
黄金の槍は一瞬の放電(閃光)の後、、その形態を変化させた。
大きな木の枝のような形態から、幅広大型な三角形の穂先を持つ長槍の形態へと……。
「…………?」
「Gungnir(貫く雷)」
Dが一言呟くと、魔槍の穂先に奇妙な光文字が浮かび上がる。
「これはわたくしからの『ささやかな贈り物(プレゼント)』ですわ……稲妻必中!」
「…………!?」
投擲された魔槍が文字通り稲妻の姿(速さと軌道)を成して、ランチェスタを刺し貫いた。


























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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。










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DEATH・OVERTURE~死神序曲~